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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)214号 判決

原告

三洋電機株式会社

原告

鳥取三洋電機株式会社

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和56年審判第5687号事件について昭和57年7月23日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告ら

主文同旨の判決

2  被告

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、昭和47年2月10日、名称を「電気炊飯器」とする発明(以下、「本願発明」という。)につき特許出願(特願昭47―14434号)をし、昭和54年8月28日出願公告(特公昭54―25462号)をされたが、特許異議の申立てがあり、昭和56年1月16日拒絶査定を受けたので、同年3月26日審判を請求し、昭和56年審判第5687号として審理されたところ、昭和57年7月23日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年9月13日原告らに送達された。

2  本願発明の要旨

炊飯ヒーター4に通電せしめて炊飯動作を行ない、炊飯終了時の鍋温度に感知応動する感熱体の働きによりヒーター4を遮断して炊飯を終了させ一定時間経過後再び自動に前記ヒーターに通電せしめて強制的に鍋を一定時間加熱し、その後ヒーターを遮断してなる電機炊飯器。

(別紙図面(1)参照)

3  審決の理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

一方、原査定の拒絶理由となつた特許異議の決定の理由は、要するに、本願発明は、その出願前国内に頒布された刊行物である特公昭36―8530号公報(以下、「引用例」という。)に記載された発明と同一であるから、特許法第29条第1項3号に該当し、特許を受けることができないというものである。これに対し、請求人(原告ら)は、本願発明は一旦炊飯を終了させてから再び内鍋を加熱するようにしたものであり、引用例のものは飯の脱湿を行なうための加熱不足を釜の予定上昇温度よりも低い温度で作動する恒温開閉器を介して加熱ヒーターに通電して加熱不足を補うように構成したもので、煮炊加熱と脱湿加熱の両加熱が終了して初めて炊飯が終了する構成が開示されているに過ぎず、本願の特徴である追炊き加熱を行なうという構成は記載されていないとして、前記引用例に記載された発明ではない旨主張している。

そこで、本願発明と引用例のものとを対比してみると、両者は炊飯ヒーターに通電し炊飯動作を行なわせ、鍋内の水分がなくなつた状態になり鍋の温度が急上昇し熱動スイツチの予定動作温度に達した時点で、炊飯ヒーターの通電を遮断し、一定温度に低下の後再び炊飯ヒーターに通電して鍋を再加熱する点において一致しており相違する点を見出すことができない。

請求人(原告ら)は、引用例のものは煮炊加熱完了時点では飯は本願発明の如く炊き上がつておらず、この時点では食せる状態となつていないとしているが、本願発明も引用例のものも炊飯ヒーターの通電が最初に遮断される時点は、前記したように鍋内の水分がなくなり鍋の温度が急激に上昇する点に設定していて差異が見出せないので、本願発明のものが炊飯を終了しているのであれば引用例のものも同じ状態にあるものといわざるを得ない。また、本願発明では炊飯ヒーターを遮断した後一定時間経過後再び通電するとしているが、再通電までの時間を特に規定しているものではなく、その作動は一定温度まで低下した時行なわれるので実質的な時間経過の測り方にも差がないから、この点においても引用例のものと相違する点を見出せない。

そして、本願発明は全体としてみても、前記引用例に記載された発明に比して、格別の作用、効果を奏するものとは認められず、両者は発明として同一であると認める。

したがつて、本願発明は特許法第29条第1項第3号の規定に該当し、特許を受けることはできない。

4  審決を取り消すべき事由

本願発明の構成上の特徴は、感熱体の感知応動する予定動作温度が炊飯終了時の鍋温度である点及び追炊きのための再加熱の過程を必須としている点に存する。これに対し、引用例記載の発明において、感熱体が感知応動する予定動作温度は本願発明の場合とは異なり、脱湿不足、加熱不足を補う必要を残した釜温度であり、その再加熱は炊飯を終了させるための脱湿加熱の過程である。

右のとおり、本願発明は追炊きのための再加熱の過程を必須としているのに対し、引用例記載の発明は右構成を具備せず、また、引用例には右構成を示唆する何らの記載もないから、本願発明と引用例記載の発明は同一であるとした審決の認定、判断は誤りであつて、審決は違法として取り消されるべきである。以下詳述する。

1 本願発明の特徴

(1)  本願発明は、炊飯ヒーター4に通電せしめて炊飯動作を行ない、炊飯終了時の鍋温度に感知応動する感熱体の働きによりヒーター4を遮断して炊飯を終了させる構成を備える第1の加熱装置と、一定時間経過後再び自動に前記ヒーターに通電せしめて強制的に鍋を一定時間加熱し、その後ヒーターを遮断する構成を備える第2の加熱装置とからなる電気炊飯器に関するものである。

第1の加熱装置における感熱体は、「炊飯終了時の鍋温度に感知応動する」ものであつて、その「感熱体の働きによりヒーター4を遮断して炊飯を終了させ」るものであるから、感熱体の感知応動する温度は、その温度まで加熱された飯がその後何らの加熱をすることなく通常の蒸らし過程を経て、そのままいわゆる炊き上がつた飯として食することができるようにする加熱温度を意味し、したがつて、第1の加熱装置は、この装置だけで感熱体によるヒーター4への通電遮断後そのまま蒸らし過程を経て普通に食することのできる飯を炊き上げることのできる装置であるということができる。

第2の加熱装置は、第1の加熱装置による炊飯過程の終了後、一定時間経過してから再び自動的に前記ヒーターに通電せしめて強制的に鍋を一定時間加熱し、その後ヒーターを遮断する装置であり、したがつて、この追炊き過熱は、炊飯過程を終了し、蒸らし過程にある飯を再加熱し、いわば炊き上がつた飯をもう一度炊くというところに特徴を有するのである。

(2)  本願発明の第1の加熱装置における「炊飯終了」というのは、本願明細書の発明の詳細な説明に、「本発明は電気炊飯器に係り、ヒーターに通電して炊飯動作を行ない、炊飯完了後に再びヒーターに通電して追炊き加熱をしたものである。」(本願発明の特許出願公告昭54―25462号公報((以下、「本願公報」という。))第1欄第23ないし第25行)、「本発明は、炊飯ヒーターに通電せしめて炊飯動作を行ない、炊飯完了後に前記ヒーターの通電を遮断する電気炊飯器において、炊飯を完了し一定時間経過後に再び自動的に前記ヒーターにて加熱してなるものである」(同公報第4欄第36ないし第40行)と記載されていることからみて、炊飯、すなわち炊き上げるという過程としては終了したという意味であることが明らかである。

本件出願当時における従来装置は、「最初に炊飯ヒーターに通電して炊飯動作を行ない、炊飯が完了すると、感熱体が所定温度を感知して動作し炊飯ヒーターの通電を断ち、保温ヒーターに通電して保温状態を維持する。しかし上述の炊飯器においては、炊飯ヒーターにより炊飯を行ない、炊飯の完了後に比較的発熱量の低い保温ヒーターに切換わるわけであるが、その時鍋内の温度が僅かずつ低下して米粒間に水分が生じ長時間おくとご飯がベトツキ又水分があるためご飯が腐敗化する等して味が悪くなつていた。」(本願公報第1欄第32行ないし第2欄第6行)ため、本願発明は、従来装置の右欠点を解消すべく、「炊飯完了後に内鍋内に残つた余剰分の水分を米粒内に吸収及び蒸発させてデンプンのα化を行ないご飯のベトツキを無くする」(同公報第1欄第28ないし第30行)ことを目的として、炊飯完了後における第2の加熱装置を構成として取り入れたものである。

(3)  本願発明における第2の加熱装置の構成として、実施例についての説明ではあるが、感熱体による通電の遮断及び復元の各温度をバイメタル板の雰囲気温度で示し、温度差を60度C程度としてるが(本願公報第2欄第17ないし第19行)、これを通常使われるヒーターを埋設した電熱板の温度で表すと、通電遮断温度160度Cもしくはそれ以上に相当し(甲第11号証((実用新案出願公告昭34―17363号公報))の第2図、別紙図面(3)参照)、したがつて、これと60度の温度差を有する復元温度は100度C程度に相当するから、本願発明の第2の加熱装置における「一定時間経過後」とは、ほぼ右の程度の温度低下に要する時間を予定しているものとみることができる。

次に、本願発明の第2の加熱装置におけるヒーターへの通電遮断は第1の加熱装置による炊飯過程終了時と同じバイメタル板で行なわれるので、少なくとも実施例では、両遮断温度が同じ110度C程度と予定されていて、(本願公報第3欄第44行ないし第4欄第7行、第4欄第18ないし第30行)、第2の加熱装置の加熱温度の範囲は100度C以上であるということができる。

そして、本願明細書の発明の詳細な説明に、「上述のような再加熱時において、内鍋底部の御飯に若干の焦げを発生することが考えられるが、この場合の焦げは僅かであり御飯の香ばしさの点で一層美味しさに風味を添えるものとなる。」(本願公報第4欄第31ないし第35行)と記載されていることからして、本願発明の第2の加熱装置における「一定時間加熱し」の「一定時間」は、内鍋底部の飯に若干の焦げを発生させる程度の一定時間を予定しているものとみることができる。

(4)  一般に、炊飯において米粒を完全にα化するためには、98度Cで20分間以上加熱し、この間決して温度を下げてはならず、下げるとその時点でα化が止まるということがいわれており、本願発明における第2の加熱装置で、100度C以上の高い温度範囲内で再加熱するということは、右のα化の条件に合致するものであるから、右再加熱により米粒間に存在する水分は米粒内に吸収及び蒸発され澱粉のα化の程度が高められ、飯がベトツクことがなくなり、美味を損なうことがなく、かえつて風味を増す飯ができるのである。

2 引用例記載の発明の構成

(1)  引用例記載の発明にかかる電気煮炊器も2段階の加熱装置からなつている。

第1の加熱装置は、ヒーターへの通電を遮断する感熱体(熱動スイツチ5)を備えるが、この感熱体が感知応動する予定動作温度は、その温度まで加熱された飯がその後何らの加熱をすることなく通常の蒸らし過程を経ただけでは、飯に脱湿不足、加熱不足が残るような加熱温度であり、したがつて、この第1の加熱装置だけで感熱体によるヒーターへの通電遮断後そのまま蒸らし過程を経たのでは、飯に脱湿不足、加熱不足が残り、食するに足る飯を炊き上げたといえるところまではいかないものである。

第2の加熱装置は、右第1の加熱装置によるヒーターへの通電遮断後、一定時間経過した後前記感熱体より低い温度で作動する別の感熱体(恒温開閉器)の働きによつて、再び自動的に前記ヒーターに通電せしめて釜を一定時間加熱し、この再加熱過程を複数回繰り返して、脱湿不足、加熱不足を補つて炊飯過程を終了させヒーターを遮断する装置であつて、この再加熱によつて脱湿不足、加熱不足のない普通に食するに足る飯を炊き上げることができるのである。

(2)  引用例記載の発明の構成を前項記載のとおりのものと解すべき根拠は、次に述べるとおりである。

(1) 第1の加熱装置における感熱体が感知応動する予定動作温度は、本願発明の場合と異なり、脱湿不足、加熱不足を補う必要を残した釜温度である点

引用例記載の装置は、釜の予定上昇温度より低い温度で作動する恒温開閉器と、釜の予定上昇温度で作動する熱動スイツチとを備え、炊飯ヒーターによる炊飯の進行途中において恒温開閉器をその双金属片(バイメタル板)の彎曲動作による固定接点と可動接点の離隔により先ず開路させ、釜の予定上昇温度に達して熱動スイツチが開路て炊飯ヒーターへの通電を断ち、この結果釜の温度が徐々に降下して恒温開閉器の双金属片が復元すると再閉路し、再びヒーターが附勢れさて釜を加熱し、恒温開閉器の開路作動温度に達して附勢を断ち、この恒温開閉器による再加熱の過程を複数回繰り返し、「釜内の飯の脱湿を行い、該脱湿が終る頃になると、(中略)双金属片4の反復動作を断ち、加熱ヒーター6の附勢を停止し、炊飯を終了せしめる」(引用例第1頁右欄第26ないし第30行)構成である。

右のとおり、引用例記載の発明においては、恒温開閉器による再加熱の過程は釜の飯の脱湿のための構成であり、その脱湿のための再加熱過程を経て「炊飯を終了せしめる」のであるから、引用例記載の発明の第1の加熱装置における前記熱動スイツチの感知応動する予定動作温度は脱湿不足を補う必要を残した釜温度であることは明らかである。

また、引用例の発明の詳細なる説明には、引用例記載の発明の特許出願当時の従来装置は、釜の温度が予定値に達した時感熱体によつて加熱附勢回路を遮断し、その後釜の蓄熱のみにより蒸らし過程を経るために、「飯に脱湿不足や加熱不足を来たし美味な飯が得られない結果を招いた。」(引用例第1頁右欄第37、第38行)ので、引用例記載の装置は前記再加熱により、「釜内の飯の脱湿加熱を行わせる装置」(同第2頁左欄第3行)を備えたことにより前記従来装置の欠点を除くことができたと記載されており、右記載からしても、引用例記載の装置における熱動スイツチの感知応動する予定動作温度は脱湿不足、加熱不足を補う必要を残した釜温度であることが理解できる。

なお、被告は、前記従来装置における脱湿不足、加熱不足の原因について、水加減の不適、水浸時間の不足等を挙げるが、引用例には、その点に言及した記載はなく、むしろ右原因は釜の蓄熱不足、すなわち炊飯器自体の構造上の欠陥によるものとされている。

前記のように脱湿不足、加熱不足を補う必要があるのは、引用例記載の発明の特許出願当時においては、感熱体の予定動作温度の作動が不安定であつたためで、飯を焦げつかせないようにしようとすれば、予定動作温度をある程度低目に設定しなければならなかつたからである。

(2) 第2の加熱装置による再加熱は炊飯を終了させるための脱湿加熱の過程である点

引用例記載の装置における再加熱は、通常の炊飯過程でのヒーター遮断後の蒸らしだけでは飯に脱湿不足や加熱不足を来たす欠点があるのを除くために、釜内の飯の脱湿加熱を行なう過程であり、その脱湿が終る頃に恒温開閉器の双金属片の反復動作を断ち、加熱ヒーターの附勢を停止して炊飯を終了させるのであるから、この再加熱は炊飯を終了させるための脱湿加熱の過程であるということができる。

ところで、この再加熱の温度範囲は、次に述べるとおり100度C以下に設定されている。すなわち、引用例には、「炊飯の進行により釜の温度が上昇するに伴い恒温開閉器1の双金属片4は図示点線状態の方向に彎曲し可動固定両接点2、3が離れる温度に達して開路する。(中略)炊飯が進行し釜内の水分がなくなつた状態になり釜温度が急上昇し熱動スイツチ5の予定動作温度に達すれば熱動スイツチ5は開路動作し加熱ヒーター6の附勢を断つ。」(第1頁右欄第7ないし第14行)と記載されていることから明らかなとおり、恒温開閉器が開路作動をするのは釜内の水分がなくなる前である。そして、恒温開閉器は釜に密着状態に取付けられているから(引用例第1頁左欄第37ないし第39行)、恒温開閉器の温度の上昇は釜底の温度とほぼ同一に推移すると考えられるところ、その釜底の温度は100度Cに達した後釜内の水分がなくなるまでの間当然100度Cで横ばい状態となるから、恒温開閉器の温度も同様に100度Cで横ばい状態となるはずである。したがつて、前記のように釜内の水分がなくなる前に恒温開閉器を開路するということは、その開路作動温度が100度Cを超えることがないということを示しているというべきである。そうすると、恒温開閉器が温度変化を正確に感知しうるように設定するものである限り、その開路作動温度は90度C程度、閉路作動温度は80度C程度と推定される。

再加熱温度の範囲をこの程度に予定しているところからみて、引用例記載の発明における再加熱には、澱粉のα化の程度を高めるという考え方は入つていないということができる。

被告は、甲第11号証の第2図をひいて引用例記載の発明における再加熱温度は90度C程度である旨の原告らの前記主張は誤つている旨反論する。

しかしながら、右図におけるS・Tは被告が前提としているように釜底温度を表わすものではなく、甲第11号証記載の考案における熱応働開閉器10の温度であつて、熱応働開閉器10は電熱板4の裏面に取付けられ、電熱板4の温度を測つており、釜底の温度を測つているわけではなく、また甲第11号証記載の電気自動炊飯器における熱応働開閉器10、電熱板4及び炊飯容器7の配置関係からいつて、釜底温度が熱応働開閉器10の温度と同じでないことは明らかであるから、被告の反論は理由がないものというべきである。

3 本願発明と引用例記載の発明との対比

(1)  前記のとおり、本願発明における第1の加熱装置は、炊飯ヒーター4に通電せしめて炊飯動作を行ない、炊飯終了時の鍋温度に感知応動する感熱体の働きによりヒーター4を遮断して炊飯過程を終了させる装置であり、この装置だけで感熱体によるヒーターへの通電遮断後そのまま蒸らし過程を経て普通に食することのできる飯を炊き上げることのできる装置であるのに対し、引用例記載の装置において、炊飯過程を終了し、蒸らし過程を経て普通に食することのできる飯を炊き上げるには、第1の加熱装置と第2の加熱装置を経なければならないから、本願発明における第1の加熱装置と対応関係にたつ引用例記載の発明における加熱装置は、第1と第2の加熱装置である。

本願発明における第2の加熱装置は、炊飯過程を終了させる第1の加熱装置による加熱過程を終つた飯に対する再加熱すなわち炊き上がつた飯をもう1度炊くという再加熱を行なう装置であるが、引用例記載の発明はそのような装置を具備しないし、引用例には右装置を示唆する何らの記載もない。

したがつて、本願発明と引用例記載の発明とが同一でないことは明らかである。

審決は、本願発明における第2の加熱装置と引用例記載の発明における第2の加熱装置とを、いずれも再加熱であるというだけの理由で同一であるとしているが、前述のとおり、両者は対応関係にないのであるから、右判断が誤りであることは明らかであるが、その内容についてみても、本願発明における第2の加熱装置は炊飯過程終了後の再加熱であり、引用例記載の発明における第2の加熱装置は炊飯過程を終了させるための再加熱であるから、第1の加熱終了から第2の加熱開始までの時間、第2の加熱の加熱温度、その加熱時間などが全く違つものであることは当然である。

以上のとおりであつて、本願発明と引用例記載の発明との間に相違点を見出すことはできないとした審決の認定、判断は誤りである。

(2)  審決は、作用効果についても本願発明と引用例記載の発明との間に格別の差異はないとしているが、次に述べるとおり、右判断も誤りである。

本願発明は、炊飯が完了した後米粒間に存在する水分を一定時間経過後に再び加熱することによつて完全に蒸発させ放出させるので、美味を損なうことなく、また、炊飯完了後一定時間経過後に自動的に加熱されるようにしたので何の手間もかからず、美味の飯を提供できるというすぐれた作用効果を奏する。

これに対し、引用例記載の発明は、加熱ヒーターへの通電の最初の遮断予定温度の動作が不安定であつても、脱湿不足や加熱不足の飯ができることがないようにし、いわゆる炊き上がつた飯にするという作用効果はあるが、その炊き上がつた飯をさらに美味なものにするという本願発明の作用効果を奏するものではない。

第3被告の答弁及び主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4のうち、本願発明にかかる電気炊飯器が原告ら主張の第1、第2の加熱装置からなるものであり、各加熱装置の内容及び特徴が原告ら主張(請求の原因4項1、(1))のとおりであること、引用例記載の発明にかかる電気煮炊器も2段階の加熱装置からなつていることは認めるが、引用例記載の発明は本願発明におけるような追炊きのための再加熱の過程を具備せず、また、引用例には右構成を示唆する何らの記載もないから、本願発明と引用例記載の発明とは同一であるとした審決の認定、判断は誤りである旨の主張は争う。審決の認定、判断は正当であつて審決に原告ら主張の違法はない。

1 原告らは、引用例記載の発明において、感熱体が感知応動する予定動作温度は本願発明の場合とは異なり、脱湿不足、加熱不足を補う必要を残した釜温度であり、その再加熱は炊飯を終了させるための脱湿加熱の過程である旨主張するが、以下述べるとおり、右主張は事実に反するものである。

引用例には、引用例記載の電気煮炊器における感熱体の予定動作温度が、自動電気炊飯器において一般に採用される温度とは異なる特段のものであることを示す記載はない。温度値については全く言及されていないのである。

引用例の第1頁右欄第31ないし第38行の記載によると、従来の自動電気炊飯器では、炊飯終了後の加熱回路の遮断後も釜や加熱体の有する余熱によつて蒸らしが行なわれるように設計されていはいるが、なお往々にして(水加減の不適、水浸時間の不足その他の原因により)脱湿不足や加熱不足を来たすことがあつたこと、引用例記載の発明はこのような従来品の欠点をなくすべくなされたものであることを窺い知ることができる。

したがつて、引用例記載の発明における予定動作温度は、通常採用される温度であつて、脱湿不足や加熱不足を補う必要を残した温度でないことは明らかである。

原告らも主張しているように、一般の炊飯において米の澱粉質を完全にα化するためには最少限98度Cで20分間以上加熱し、この間決して温度を下げてはならず、下げるとその時点でα化が止まつてしまうものとされている。そして、米の澱粉が80ないし90度Cの温度で長時間経過すると、その後いかに加熱、水和を行なつても絶対にα化せず、半煮えの状態になり、食味の悪いものとなることは炊飯の常識とされるところである。

したがつて、引用例記載の電気煮炊器において、α化の進行中に敢えて加熱ヒーターへの電流を遮断することは考えられず、感熱体が感知応動し、加熱ヒーターへの電流を遮断する時点の作動温度は、前記炊飯の常識からして米の澱粉質がα化され、通常の蒸らし過程を経て炊き上がつた飯とする加熱温度とみるのが妥当であり、右時点において炊飯は終了していることは明らかである。

そして、引用例記載の発明における熱動スイツチの作動時点については、引用例に「炊飯が進行し釜内の水分がなくなつた状態になり釜温度が上昇し熱動スイツチ5の予定動作温度に達すれば熱動スイツチ5は開路動作し加熱ヒーター6の附勢を断つ。」(第1頁右欄第11ないし第14行)と記載されており、一方、本願明細書には、感熱体について、「バイメタル・マグネツト(図示せず)を内装し内鍋2の急激な温度上昇(110℃程度)を感知して連結棒8を下降せしめる。」(本願公報第2欄第12ないし第14行)と記載されており、これらの記載からして、両者の感熱体が感知応動する予定動作温度は同一であると理解することができる。

右に述べたとおり、引用例記載の発明における予定動作温度と本願発明における炊飯終了時の鍋温度との間に差異がなく、かつ、鍋(釜)温度を感知してヒーター回路を遮断する原理にも差異はないから、他に構成上の格段の差異がない以上、ヒーター回路遮断時における炊飯の状態には、引用例記載の発明と本願発明とでは差異がないものというべきである。

原告らは、本願発明の第1の加熱における炊飯終了の語義について述べ、本願発明と引用例記載の発明との相違を強調するが、本願発明の場合も引用例記載の発明の場合にも、第1の加熱終了時には、「炊飯が進行し釜内の水分がなくなつた状態になり釜温度が急上昇し熱動スイツチの予定動作温度に達すれば熱動スイツチは開路動作し加熱ヒーターの附勢を断つ。」という同一の事象が生じているにすぎない。

してみると、引用例記載の発明における再加熱と本願発明における追炊きとは、同目的、同効のものというべきである。

炊飯という用語については明確な定義はなく、したがつて、炊飯の終了ということの意味内容も曖昧なものであるにもかかわらず、右語句を根拠とする原告らの主張は理由がないものというべきである。

2 原告らは、釜内の水分がなくなるまでの間釜底の温度は100度Cで横ばいの状態にあるという前提で、引用例記載の発明における恒温開閉器の開路作動温度は90度C程度である旨主張する。

しかしながら、引用例には恒温開閉器1の開路作動温度が90度C程度であると推認すべき根拠となる記載はないし、甲第11号証の第2図によると、一般に自動電気炊飯器では、釜中心温度が約50度Cに達した時点で釜底温度はすでに約120度Cを超え釜内の水分がなくなるまでほぼその温度に保たれており、したがつて、100度C以上約125度Cの間に任意の温度に設定し所期の作動を行なわしめうることが認められ、この点引用例記載の発明においても変りがないと考えられるから、原告らの右主張は理由がないものというべきである。

また、原告らは、引用例記載の発明における再加熱では飯のα化は促進されない旨主張するが、引用例記載の電気煮炊器も本願発明にかかる電気炊飯器と同様、1個の加熱ヒーターを煮炊加熱と再加熱に使用するものであるから、再加熱により内鍋が加熱され鍋内の温度が急激に上昇することは明らかで、これによつて内鍋内に残つた余剰の水分を蒸発させ及び米粒内に吸収させうることも当然であり、本願発明における追炊きによつて澱粉のα化が行なえるのであれば、引用例記載の発明における再加熱においても同様であることは明らかである。また、引用例には、「恒温開閉器の動作温度を調節することにより使用者の好みに応じた所望の飯を得ることが出来る」(第2頁左欄第9ないし第12行)と記載されているように、再加熱温度も必要に応じて任意に設定できるのであつて、これによりα化を促進させることは十分可能なのである。

ちなみに、本願の願書に最初に添附された明細書には、追炊き目的、効果としては脱湿が記載されているだけであつて、α化の増加や若干の焦げによる風味の改善については記載されておらず、追炊きによつて期待されるかも知れない数パーセント程度のα化の増加が感知しうるほどの食味の改善をもたらすものとも認められない。α化の程度は食味を左右する数多くの要素の1つにすぎない。

第4証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、審決を取り消すべき事由の存否について検討する。

1 成立に争いのない甲第2号証(特許出願公告昭54―25462号公報)によれば、本願発明の特許出願当時における電気炊飯器は、「炊飯ヒーターと保温ヒーターを有しており、最初に炊飯ヒーターに通電して炊飯動作を行ない、炊飯が完了すると、感熱体が所定温度を感知して動作し炊飯ヒーターの通電を断ち保温ヒーターに通電して保温状態を維持する。しかし上述の炊飯器においては、炊飯ヒーターより炊飯を行ない、炊飯の完了後に比較的発熱量の低い保温ヒーターに切換わるわけであるが、その時鍋内の温度が僅かずつ低下して米粒間に水分が生じ長時間おくとご飯がベトツキ又水分があるためにご飯が腐敗化する等して味が悪くなつていた。」(同公報第1欄第32ないし第2欄第6行)が、本願発明は、右従来装置の欠点を解消し、「炊飯完了後に内鍋内に残つた余剰分の水分を米粒内に吸収及び蒸発させてデンプンのα化を行ない御飯のベトツキを無くすると共にこれを自動的に行なう」(同公報第1欄第28ないし第31行)電気炊飯器を提供することを目的とするものであつて、前示本願発明の要旨のとおりの構成を採用したことにより、「炊飯が完了した後米粒間に存在する水分は一定時間経過後に再び加熱されるため完全に蒸発して放出されるので美味を損うことがない。又炊飯完了後一定時間経過後に自動的に加熱されるようにしたので何の手間もかからない。」(同公報第4欄第40行ないし第5欄第1行)という作用効果を奏するものであることが認められる。

そして、炊飯ヒーター4に通電せしめて炊飯動作を行ない、炊飯終了時の鍋温度に感知応動する感熱体の働きによりヒーター4を遮断して炊飯を終了させる第1の加熱装置において、感熱体が感知応動する温度は、その温度まで加熱された飯がその後何らの加熱をすることなく通常の蒸らし過程を経て、そのままいわゆる炊き上がつた飯として食することができるようにする加熱温度であり、したがつて、第1の加熱装置は、この装置だけで感熱体によるヒーター4への通電遮断後そのまま蒸らし過程を経て普通に食することのできる飯を炊き上げることのできる装置であること、第1の加熱装置による炊飯過程の終了後、一定時間経過してから再び自動的に前記ヒーターに通電せしめて強制的に鍋を一定時間加熱し、その後ヒーターを遮断する第2の加熱装置は、追炊きのための再加熱を行なうものであつて、この追炊き加熱は、炊飯過程を終了し、蒸らし過程にある飯を再加熱し、いわば炊き上がつた飯をもう1度炊くというものであることは、当事者間に争いがない。

なお、前掲甲第2号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、「再加熱時において、内鍋底部の御飯に若干の焦げを発生することが考えられるが、この場合の焦げは僅かであり御飯の香ばしさの点で一層美味しさに風味を添えるものとなる。」(本願公報第4欄第32ないし第35行)と記載されていることが認められる。

以上、本願発明の目的、構成上の特徴等からすると、本願発明における再加熱は、第1の加熱装置によつて炊き上げられ、そのまま蒸らし過程を経て普通に食することのできる飯を一層美味のものとするためになされる追加的な加熱であつて、本願発明においては、第2の加熱装置によつてはじめて通常の炊飯を終了させることを意図しているものでないことは明らかである。

2 ところで、成立に争いのない甲第3号証(特許出願公告昭36―8530号公報)によれば、引用例記載の発明は、「1個の加熱ヒーターのみにて煮炊加熱と飯の脱湿加熱を行うことが出来ると共に両加熱が確実に行われ、且恒温開閉器の動作温度を調節することにより使用者の好みに応じた所望の飯を得ることができる秀れた加熱装置」(同公報第1頁左欄第13ないし第17行)を提供することを目的とするものであつて、その特許請求の範囲は、「固定接点に接離対向する可動接点を有せしめた双金属片を備えて釜の予定上昇温度よりも低き温度にて作動するよう設けた恒温開閉器と、釜の予定温度上昇により開路するも手動に依らない限り閉路状態に復帰動作しないよう設けた熱動スイツチとを互に並列に接続して加熱ヒーターと直接に接続し、且前記熱動スイツチには常態時に閉路状態をなす開閉スイツチを直列に接続して成る加熱回路を有し、前記恒温開閉器と開閉スイツチとの間には前記恒温開閉器に於ける双金属片の可動端に延長形成した作動腕の反復動作により1方向に間歇的に移動されて一定時限後に開閉スイツチを開路動作せしめる加熱回路制御体を細長き直状体の長手方向に鋸歯状のラツクで形成しラツクに双金属片の可動端に形成した作動腕の送り爪を係合すると共に開閉スイツチ側の一端には開閉スイツチを開閉せしめるための作動片を附設して煮炊器に装備した適当な支持体により支持し長手方向に摺動自在に介装して成ることを特徴とする電気煮炊器の加熱装置の構造。」というものであること、引用例記載の発明にかかる電気煮炊器も2段階の加熱装置からなつていること(この最後の点は当事者間に争いがない。)が認められる。

原告らは、引用例記載の発明において第1の加熱装置の感熱体が感知応動する予定動作温度は、その温度まで加熱された飯がその後何らの加熱をすることなく通常の蒸らし過程を経ただけでは、飯に脱湿不足、加熱不足が残るような加熱温度であり、第2の加熱装置は、第1の加熱過程だけでは脱湿不足、加熱不足が残る飯に対する再加熱を行なうものであり、この再加熱によつて脱湿不足、加熱不足のない普通に食するに足る飯を炊き上げることができるものであつて、引用例記載の発明は、本願発明におけるような追炊きのための再加熱過程を具備しない旨主張するで、右主張の当否について検討する。

(1)  前掲甲第3号証によれば、引用例の発明の詳細なる説明には、「炊飯の進行により釜の温度が上昇するに伴い恒温開閉器1の双金属片4は図示点線状態の方向に彎曲し可動固定両接点2、3が離れる温度に達して開路する。此の時熱動スイツチ5は閉路しているので加熱ヒーター6の附勢は断たれず更に加熱を続行する。かくして炊飯が進行し釜内の水分がなくなつた状態になり釜温度が急上昇し熱動スイツチ5の予定動作温度に達すれば熱動スイツチ5は開路動作し加熱ヒーター6の附勢を断つ。(中略)加熱ヒーター6が附勢を断たれると釜の温度は徐々に降下し、双金属片4は復帰作用し、送り爪15がラツク12の1歯分だけ矢印A方向に移動する。すると恒温開閉器1は再閉路して加熱ヒーター6を附勢し、釜が加熱され、双金属片4は図示点線状態の方向に彎曲し前述と同様な作用をなして加熱回路制御体11を矢印A方向に1歯分だけ移動する。斯様に双金属片4が反復動作を繰返して加熱を断続することにより釜内の飯の脱湿を行い、該脱湿が終る頃になると加熱回路制御体11の移動によつてその作動片13が開閉スイツチ9の可動接点板を押し開閉スイツチ9を開路せしめて双金属片4の反復動作を断ち、加熱ヒーター6の附勢を停止し、炊飯を終了せしめる。」(第1頁右欄第7ないし第30行、別紙図面(2)参照)、従来技術においては、「加熱附勢回路の開路後に於ては釜内の飯に対しては釜又は加熱体に有する蓄熱を利用して加熱を行い専ら飯の脱湿を行うよう設けていたものである。その為往々にして飯に脱湿不足や加熱不足を来し美味な飯が得られない結果を招いた。(中略)然るに本発明に依る加熱装置は前記実施例に詳述した如く加熱回路中に熱動スイツチの開路後に於て加熱ヒーターを断続附勢させて釜内の飯の脱湿加熱を行わせる装置を備えたことを特徴としたものである」(第1頁右欄第34行ないし第2頁左欄第4行)と記載されていることが認められる。

右記載によれば、引用例記載の発明の特許出願当時存在していた電気自動炊飯器は、加熱附勢回路の開路後釜又は加熱体が有する蓄熱を利用して脱湿加熱を行なうようにしていたが、右手段では脱湿加熱が十分でなかつたため、往々にして脱湿不足、加熱不足を来たしたこと、引用例記載の発明は、第1段階における加熱装置自体に特に改良を加えたというものではなく、従来装置と同様の加熱装置を採用することを前提としたうえで、第2段階における加熱装置として、釜等の蓄熱を利用した加熱に代えて加熱ヒーターを断続附勢させて加熱するものであること、すなわち、引用例記載の発明において、恒温開閉器1が再閉路し、加熱ヒーター6を附勢してなされる再加熱は釜内の飯の脱湿不足を解消しようとするものであり、換言すれば、引用例記載の発明における第1段階の加熱によつては飯はいまだ脱湿不足の状態にあるものと認められる。

被告は、引用例記載の発明の特許出願当時存在していた自動電気炊飯器において脱湿不足、加熱不足を来たした原因として、水加減の不適、水浸時間の不足等を挙げているが、右原因が、前記認定のとおり、右炊飯器自体の構造に由来するものであつて、被告主張のようなものでないことは、引用例における前記記載から明らかである。

ところで、前記認定事実によれば、引用例記載の発明においては、第1の加熱装置によつて加熱された段階での飯は、その後通常の蒸らし過程を経て、そのままいわゆる炊き上がつた飯として普通に食することができるものといえるかどうかは極めて疑問であつて、第2の加熱装置により脱湿のための加熱が行なわれ、この再加熱によつて普通に食することのできる飯を炊き上げることができ、その段階で炊飯が終了するものであつて、引用例記載の発明における再加熱は、追炊き過熱、すなわち炊飯過程を終了し、蒸らし過程にある飯をもう1度炊くという性質のものではないものと認めるのが相当である。

このことは、次項において説示するとおり、引用例記載の発明における再加熱の温度は100度Cよりかなり低い温度に設定されており、右程度の温度による加熱をもつて追炊き加熱とは認め難いことからも首肯しうるところである。

(2)  前記認定のとおり、引用例の発明の詳細なる説明には、第1の加熱装置による加熱について、「炊飯の進行により釜の温度が上昇するに伴い恒温開閉器1の双金属片4は図示点線状態の方向に彎曲し可動固定両接点2、3が離れる温度に達して開路する。(中略)かくして炊飯が進行し釜内の水分がなくなつた状態になり釜温度が急上昇し熱動スイツチ5の予定動作温度に達すれば熱動スイツチ5は開路動作し加熱ヒーター6の附勢を断つ。」と記載されており、右記載によれば、第1の加熱装置において恒温開閉器1が開路作動をするのは、少なくとも釜内の水分がなくなる前であると認められる。一方、釜の温度は、釜内が煮沸状態になれば熱がそれに吸収され、ほぼ一定状態となつて釜内の水分がなくなるまで継続し、水分がなくなると急上昇するものであることは技術的に自明の事項である。

してみれば、恒温開閉器1が開路作動をするのは、温度変化が大きいほど精度が高いことが広く知られている恒温開閉器の作動精度のことも考慮すると、前記温度が一定状態となるかなり前で、右温度より相当程度低い温度であるとみるのが相当である。そして、恒温開閉器1が閉路作動するのは、開路作動する温度より低い温度であることは当然であるから、引用例記載の発明において第2の加熱装置として恒温開閉器1が閉路して再加熱する温度は、少なくとも釜内を煮沸状態にする温度よりもかなり低いものと推認するのが相当である。

ところで、前掲甲第3号証によれば、恒温開閉器1は釜に密着状態に取付けられていることが認められるから(引用例第1頁左欄第37ないし第39行)、恒温開閉器1の温度上昇も釜底とほぼ同一に推移するものと推定されるところ、釜内が煮沸状態となつて一定温度となるのがほぼ100度Cであることは技術常識であるから、前記のとおり右温度が一定状態となるかなり前に開路作動する恒温開閉器1の温度は、100度Cより相当程度低い温度であり、それ故、第2の加熱装置として恒温開閉器1が閉路作動するのは、この開路作動温度より更に低い温度であると推定される。

被告は、甲第11号証の第2図のS・T曲線を根拠として、釜底温度は100度C以上約125度Cの間の任意の温度に設定されている旨反論しているが、以下説示するとおり、右反論は理由がないものというべきである。

成立に争いのない甲第11号証(実用新案出願公告昭34―17363号公報)によれば、同号証の第2図に表示されているS・T曲線は、同号証記載の考案における電熱板4の背部に装着された熱応働開閉器10の温度曲線であること及び右考案において釜(炊飯容器7)は電熱板の上に載置するものであることが認められ(別紙図面(3)参照)、右事実によれば、釜底そのものの温度は全体として右熱応働開閉器10の温度よりかなり低いものであると推認される。そして、釜底の温度が一定の状態となるのは、釜内が煮沸状態となる100度C程度であることは前記のとおりであるところ、S・T曲線において一定の温度状態となつているのはB~C部分であるから、甲第11号証記載の考案にかかる炊飯器における釜底の温度は、S・T曲線と類似する曲線をもつて示され、かつ、S・T曲線のうちB~C部分に相当する曲線部分がほぼ100度Cのところに位する温度推移曲線となつて現われるものと推定される。

右のとおりであつて、甲第11号証の第2図のS・T曲線を釜底温度であることを前提とする被告の反論は採用できない。

なお、一般に、炊飯において米の澱粉質を完全にα化するためには最少限98度Cで20分間以上加熱し、この間決して温度を下げてはならず、下げるとその時点でα化が止まつてしまうといわれていることは当事者間に争いがないところ、引用例記載の発明における再加熱の温度は前記のとおりであるから、右再加熱によつては澱粉のα化の促進は期待できないものと認められる。

もつとも、前掲甲第3号証によれば、引用例には、「恒温開閉器の動作温度を調節することにより使用者の好みに応じた所望の飯を得ることが出来る。」(第2頁左欄第9ないし第12行)と記載されていることが認められるが、引用例における、恒温開閉器1が開路作動をするのは少なくとも釜内の水分がなくなる前であることを示す前記記載及びその作動精度のことを考慮すると、恒温開閉器1の動作温度を前記α化の条件を満足する程度まで高めることができるとは認め難い。

以上のとおりであつて、本願発明における再加熱と引用例記載の発明における再加熱は、その目的、効果を異にし、引用例記載の発明は、本願発明におけるような追炊きのための再加熱の構成を具備しないものと認めるのが相当であり、本願発明と引用例記載の発明とは同一であるとした審決の認定、判断は誤つているものというべきである。

3  よつて、審決の違法を理由としてその取消しを求める原告らの本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(蕪山嚴 竹田稔 濵崎浩一)

〈以下省略〉

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